しろまち堂~こちらも本館ですがただいま休館中の旧館です~

旧ブログ名は『ワタシノスキナコドモノ本』、本の紹介や本に関するアレコレを語る、『しろまち堂』のメイン館でしたがただいま休館中のため、こちらは旧館でございます。『しろまち堂』は『本館・新館』のほか、『~音楽・映像館~』、『~写真・旅行館~』『~縁側~』もございます。煩雑ですがあわせてよろしくどうぞです。

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ナチスから逃れたユダヤ人少女の上海日記

なんでかな。この本はなんとなく8月じゃないほうがいいような気がするの。。。


【内容情報】(「BOOK」データベースより)
50年間封印された“絶望と恐怖”“驚愕と希望”の9年間の記録。ナチスの迫害に絶望したヨーロッパのユダヤ人2万人が魔窟・上海に逃げ込んだ…。少女がそこで見たものとは…。
【目次】(「BOOK」データベースより)
一九三九年三月卯年/一九三九年五月卯年/一九三九年八月卯年/一九三九年九月~一九四〇年一月辰年/一九四〇年~一九四二年一月巳年/一九四二年午年/一九四三年初め未年/一九四三年三月未年/一九四三年半ば未年/一九四三年十二月未年/一九四四年 申年/一九四五年 1 酉年/一九四五年 2 酉年/一九四五年 3 酉年/一九四六年 戌年/一九四七年 新しい始まりの年

著者はウルスラ・ベーコンさん
出版社は祥伝社です。



似たタイプの作品に「レジーン・ミラー物語」がありますが
「上海日記」のほうは、家族ではるか上海まで脱出しています。

というのも
父親がナチスに一度連れて行かれたから。

幸い、という言い方はよくないのでしょうが
タイミング的にはまだユダヤの人たちが海外への移住を許されていた時期だったため
一人娘のウルスラがナチスまで父を迎えに行き、釈放を望んだところ叶えられたのでした。

このあたり、他の本と比べて読んだわけではないのでハッキリしないのですが
どうも、ナチスのユダヤ民族に対しての政策は何段階かの締め付けで行われたようで
最初のうちは財産を持っての海外移住の許可があり
そのうち持ち出し制限をうけながらの海外移住の許可を受けるようになり(ウルスラ一家はこの段階で渡航)
そして海外渡航は許されなくなり、強制収容所へ…
となった模様です。
作中に、まだドイツに残っている親戚に対して
父親が「(親が自分たちの都合で出る気がないとしても)子どもたちだけでも海外へ逃すべきだ」
と怒る場面がありますが
それぞれの家族の置かれた状況により、危機感の違いもあったのかもしれません。

ともあれ、海外と言ってもどこにでも行けたわけではなく
ウルスラ一家が(そして多くのユダヤ民族の人々が)
たどりついたのは上海でした。

ヨーロッパから中国の、それも決して上流階級の人たちが住んでいる、というわけではない土地へ。
東洋の混沌のなかであり
ドイツでは家族であっても個人として別々に過ごす時間の多かった家族が
視線をそらすことでプライバシーを何とか保ち
トイレにいたっては水洗ですらない(壺しか使えない)ような住まいで過ごすことになったとき
彼らの感じるギャップはどのようなものか
そしてそれらをどのように乗り越えて暮らしていたのか?
というのがこの本で描かれている内容です。

十代前半の少女の眼を通しての世界なので
つらいことを隠したりはしませんが
そんな中にも自分や友達との幸せなこと、面白いこともとりあげているので
陰鬱になりすぎず読めるのが救いです。

家族3人それぞれが
自分たちの長所をいかし、生活を支えていった8年間。

家族の、そして周囲の人々の
大変であり、深い心の傷を負っており
いっぽうエキサイティングでもある
暮らしの内面や断片があらわされています。

このような人たちもいたのだと
知るために読んでいただければと思います。

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