しろまち堂~こちらも本館ですがただいま休館中の旧館です~

旧ブログ名は『ワタシノスキナコドモノ本』、本の紹介や本に関するアレコレを語る、『しろまち堂』のメイン館でしたがただいま休館中のため、こちらは旧館でございます。『しろまち堂』は『本館・新館』のほか、『~音楽・映像館~』、『~写真・旅行館~』『~縁側~』もございます。煩雑ですがあわせてよろしくどうぞです。

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めくらぶどうと虹

宮沢賢治の作品というのは、ストイックでありつつも官能的だったりするので気になるんだなぁ。
恋焦がれると憧れるの境界線はいったどこにあるのでしょうか?


内容(「BOOK」データベースより)
これは宮沢賢治の初期の童話に属しますが、天上的なもの、「まことのひかり」への、それといっしょになれたら「もう死んでもいい」という切々とした願いが、もっともはっきりと言われている作品のひとつでしょう。もっともその願いは、さまざまに姿を変えながら宮沢賢治の生涯の作品や行動のすべてをつらぬいているのですが…。

宮沢賢治作品はカテゴリがありますので
気になる方はサイドバーからどうぞ。


そもそも「めくらぶどう」とは何ぞや?
という
物語以前のところから始まっちゃうのですがw
調べましたら「野葡萄」の東北の方言なんですね。
(文字をWikiにリンクしていますので、そちらで写真も見られます)
実の色がカラフルで美しいです。

そして、この言葉の選び方に
賢治のセンスを感じるというか
盲目になるほどの憧憬・崇拝・憧れ・恋慕
そんなものがないまぜになった激しさを感じるのは
ワタシだけでしょうか。

虹にあこがれるめくらぶどうは
会えたその瞬間に全てをかけて
「どうか私のうやまいを受け取ってください」

ひたむきに申し出ます。

その言葉に対しての虹の返答は
とても温和で宗教的なのですが
めくらぶどうはそれにこたえつつ
じつのところ虹の言葉など耳に入ってはいないようです。
ただ、虹といっしょになりたいという熱い想いがあるだけ。
「私を連れていってください」

これはもう完全な恋ですよね。
相手が天上的な存在である
よって両想いの世俗的な恋愛にならない、というだけのことであって。

虹は消えてゆき
めくらぶどうは高く叫びます

その後、どうなったのか
文章では描かれていません。
この絵本では虹を追いかけ、枝から離れて飛んでいますが
それも定かではありません。

賢治の信仰は確か法華経だったはずですが
なんというか
キリストに向けられた信者たちの想いを連想させるこのがむしゃらさ。

初期の作品であるからこそのストレートさに
いっそグサッと刺されてしまってください。
ときめきを思い出したいとき読んでみるのにいい宮沢賢治作品かもしれません。



※余談ですが、ワタシは
「恋」と書ききっている『ガドルフの百合』よりも
この作品に恋心を感じました~^^

そして
本日紹介の、ワタシの読んだ本は
入手がかなり困難な古い作品であること
絵に関してほとんど言及していないことの2点により
著者の方には申し訳ございませんが
画家の紹介をしなかったことを
追記させていただきます。


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