しろまち堂~こちらも本館ですがただいま休館中の旧館です~

旧ブログ名は『ワタシノスキナコドモノ本』、本の紹介や本に関するアレコレを語る、『しろまち堂』のメイン館でしたがただいま休館中のため、こちらは旧館でございます。『しろまち堂』は『本館・新館』のほか、『~音楽・映像館~』、『~写真・旅行館~』『~縁側~』もございます。煩雑ですがあわせてよろしくどうぞです。

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【雑感】死者の代弁者を読んで思ったこと

今日は作品紹介というよりも、自分のための覚え書きになります。

  

著者はオ―ソン・スコット・カード
出版社は早川書房。ハヤカワSF文庫です。




先日、いつも参加している某Twitter上の会が
珍しく少し荒れっぽくなったのですね。
この本に関しては思うところあり、
ワタシもかなり辛口でツイしていました。
それについてはブログ記事にも書いたし、追記もしました。
(ただし、いつもは追記ありとして、修正箇所がわかるようにしているのですが
今回は一切それをせず、ただ変更したのみです)

話を戻して。
その状況を見て、いつも冷静な主催者さんが
「この本はもう完成しているものなので、それを受け入れたうえで語りましょうよ…」
というような発言をなさったのです。
(うろ覚えなんでニュアンス的な意味合いです。そのままの言葉ではないかも)

そのときには言語にできなかった
自分の水面下の「思い」がありました。

そして少しだけ後日
ブック・ディレクターの幅さんについて書かれた本を読み
非常に感銘を受けて

大変面白そうだし、こういう仕事は意義がある
と思いつつ
では、ワタシのしたい仕事は?
このブック・ディレクターというのは自分の中にあるものと近いようにも思うけど
ちょっと違うよね。
など
つらつらと考えていたわけです。

そのときにふと浮かんだのが
「本と死者は同じだ」
という言葉。
なんだそりゃ?なんでそんなことが出てきたの?

あわててほぼ日にメモり
自分の思考を追っていく。

この言葉があらわしている感覚を言語化すると
本というのは完成品、もしくは完結した物体であり
一生を終えた人間のようなものである


いうことだったみたいです。

本や、亡くなった人についてアレコレいうことはできるけれど
だからって本の内容が変わったり、人の人生に起きた出来事が変わったりすることはない
ということについて、両者は似通っている。
ただ
光の当て方によって
その対象に対する我々の見方や印象、受け取りかたが変わることはありうる。

どうも
そういうことを包含したのが、上記の言葉だったみたい。
そして、あの会で浮かんだ水面下の思いも、ここにつながるみたい。

そこまで思考が進んだときに思い出したのが
この
「死者の代弁者」という作品でした。

ストーリー自体は、シリーズの1作目である前作
「エンダーのゲーム」を読んでからでないと
ネタバレになってしまうので、あまり書けないのですが
主人公エンダーが就いている「死者の代弁者」とは
その名の通り
『死者について、死者のかわりに語る』という役割。
言い訳ではなく
彼・彼女にとってはこうだったのだ、ということを人々に伝える。

人が信じたいこと、信じたかったことではなく
真実がどうだったのかを語る。
その結果明るみに出てしまう意外なことや不快なこともあるかもしれない。
けれど
代弁された人の内面は、聞いた人々に理解してもらうことができる
わけです。

ワタシがこのブログでしたいことは
それに近いんじゃないの?
と思いました。

本を発見し、広めること。
みんなが知ってる本や、知ってることかもしれないし
知らない本のこともある。
知ってる本でも見過ごしていることがあるかもしれない。

知られていないのを広めるだけが目的ではないけれど
結果的に
ワタシも、そして読者の人にも新しい発見がある

作品に対して、そんな光の当て方ができたら…
そう、それがワタシにとっての最高です。

理想は高く、っていいますしね。
志はこうですよ、ということで
この先、記事を書くときに忘れずにいられるよう
本日、決意表明させていただきます。





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