しろまち堂~こちらも本館ですがただいま休館中の旧館です~

旧ブログ名は『ワタシノスキナコドモノ本』、本の紹介や本に関するアレコレを語る、『しろまち堂』のメイン館でしたがただいま休館中のため、こちらは旧館でございます。『しろまち堂』は『本館・新館』のほか、『~音楽・映像館~』、『~写真・旅行館~』『~縁側~』もございます。煩雑ですがあわせてよろしくどうぞです。

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向田邦子の恋文

これもたぶん本館にならなかったら紹介しない本だろうなー。
その昔、ハードカバーで出版されてすぐに読みました。
文庫は太田光さんの名解説がついて500円しないのね。お買い得になっているんじゃないかな?と思います。

向田邦子の恋文

向田邦子の恋文
著者:向田和子
価格:432円(税込、送料込)
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【内容情報】(「BOOK」データベースより)
脚本家への道を歩みはじめ、徹夜続きで仕事に打ち込む姉・邦子を慈しみ支えた一人の男性がいた。一途で切ない、秘密の恋だったー。邦子が急逝して二十年、妹・和子は遺品の中から、亡き二人が四十年近く前に送りあった手紙をみつける。遺された文面から今なお香り立つ想いが、遠い日をよみがえらせ、妹は姉にそっと語りかけ始める…。幾つもの想いが響き合う、姉と妹の「最後の本」。

著者:向田和子
出版社:新潮社(新潮文庫)

じつはわたし、この本は買っていないんです。
今読んでいるのも購入した本ではないし、多分これからも購入しないんじゃないかと思います。
なんとなく、所有せずにどこか自分と離れたところで存在していてほしいな、って感じる本です。
彼女の恋は、本が出版されるまで秘められていたもののようですから
あまりあからさまに「知ってるよ」って言いたくないファン心理なのかもなーって分析しています。

向田邦子さんにハマってた時期がありまして。
著書はほとんど読んだんじゃないかなあ。小説もエッセイも。
後年書かれた和子さんの作品もだいぶ読んでると思います。
「ままや」も一度だけだけど行ったことありますよ。やっぱり向田ファンの友人と一緒に。
この本読んで知ったけど、和子さんがご病気なさったあとの年代だな。ふらり、という感じでお店にいらしたお姿を拝見しました。

向田ファンなので、ムックなんかも読んでいて、写真もいっぱい見ています。
たしかに不思議でした。おひとりでポーズをとってモデルさんみたいに写ってる写真がいっぱいあること。
向田さんって、うちの母と同年代なんですよ。お亡くなりになったのもじつは近いお年頃でして。
なので、母の写真と時代的な雰囲気は似通っているんです。
でも圧倒的に向田さんが垢抜けた雰囲気で。
都会暮らしで独身でスタイリッシュなお仕事だからこういう写真もいっぱいあるんだなーって思っていました。
…違ったんですね。撮影してくれる方がいて、しかもプロのカメラマンさんだったんですね。
そうかーと思い、しみじみ写真を眺めたのがハードカバーが出版された頃。

それからずいぶん年月がたって
ちょっとしたタイミングで手にとって、読み直して、こうして記事を書こうとしているのですが
太田光さんの解説を読みながら、あーでもない、こーでもないといろいろ考えたことでもあります。
太田さんの視線は非常に輪郭がはっきりしているのだけれど、やっぱり男性視点なので
女性の身として、同性の強み(?)を含みながら思ったことなどをつらつらと書いていきます。
もしかしたら、Tumblrの「裏口」のほうで書いた方がいいかも?な文章になるかもしれませんけど。



恋のお相手の方と会ったのは、どうやら『手袋を探して』で書かれたころの時期であったらしい

この本に書いています。

もちろん、恋が始まっていたのかどうかなんてわかりませんが
「これ!と思うほど惚れこんだ手袋が見つからないなら、手袋なしでひと冬過ごす」
という、向田邦子らしい(と、周囲に評価される)生き方は
もしかしたら、彼女の生来の傾向に、このころの出会いが拍車をかけたものだったりするのかしら?
と、邪推に近い考え方をしてしまったのも確かです。

出会ってしまった男性に魅かれたものの、たとえ結ばれたとしても堂々と世間にお披露目できるほど無神経にはなれない
けれど他の人は考えられない。少なくても今は。
それなら、唯一無二と思える相手が出てくるまでひとりでいる覚悟を決めよう。

手袋に対する想いを異性に置き換えても、こんなふうにしっくりきてしまうんです。

そして
まだ世に出ていない時代に撮影された大量のポートレートからは、ふたりの関係性が否応なしに見えてしまいます。

撮影するからとカメラを手にする男性。
ときにはにかみながらもポーズをとることに慣れ、自然体で撮影される向田さん。
愛情と信頼関係があらわれている、素敵な写真であればあるほど
写真を見た向田さんの葛藤を考えてしまいました。
これほど自分が安心している、これほどあたたかく見つめられている。
しかもそれが写真という形で残ってしまう。
ダメだとわかっていても…思いきれないよ、これは。

向田さんは聡い女性でしたから、年齢差のある男性だからこそ安心して甘えられたところがあると思います。
けれど、年齢差だけではなく妻子というハンディは…。

離れた後、また戻り、そのときはもう覚悟を決めていたでしょう。
世間体を思い煩うのをやめて、相手の心配をし、相手をいたわり、いたわられて生きていこうと思っていたかもしれない。

けれど
いま、男性と年齢が近くなったその視線で日記と手紙を読みなおすと
男性の気持ちもおぼろげにですが感じられるような気がするのです。

体調がよくない日が多く
収入の道の目途はどうだったのかわからないけれど
細かい支出をも日記に書いていらした。
渡された(そして残っている)日記は1冊ですが
「邦子から10000円」という記述が見られます。
今よりもっともっと「男は男らしく」「男が働いて家族を支えるべき」だった時代。
ありがたいけれど、と、けれどがついてはいなかったのでしょうか。
お金に対する気持ちと、向田さんに対する気持ちと、絡んで切なくなったりはしなかったのでしょうか。

向田さんが脚本を書いたラジオを聞き、感想を日記に書きとめ
会った時にはそんな話もしたでしょう。
向田さんは喜んだでしょう。
男性は?
もちろん話すのが嬉しかったでしょう。
でも、心のどこかで「これくらいしかできないから」とよぎることはなかったのかしら?

当たり前ですが、年齢は遡りません。
男性は当時40代の半ばを過ぎ、50台に近づきつつある年齢。
一度倒れて後遺症が出ていたと書かれています。
その後の人生について考えることもあったでしょう。
日記に書かれていないこと、
いいえ、もしかしたら、書かれていたけれど同居のお母さまが向田さんに見せない・渡せない内容があったのかもしれません。
結果、男性は自分で人生を終わらせることを選んでしまいました。

そのことに対しての記述は、解説の太田光さんが余すところなく書いていらっしゃるので
そちらを読んでいただいた方がいいと思います。

ただ、その後の向田さんの人生において
この男性が「見つからない理想の手袋」であったことは間違いないような気がします。
比べられないという点においても
留めておけなかったという点においても。
素晴らしく、情けなく、代えがたい幸福も、最悪な無力感も味わわせてくれたであろう異性。

その後の向田さんに出会いが全然なかったわけではないでしょうけれど、
この男性への複雑な気持ちや、その思い出ごと嫁ぐことができるほどの男性にめぐり会わなかった
もしくは、向田さんの中で亡くなった男性への想いを消化することができなかった
ということなのかな、とも思います。

残されたのは、わずかな手紙と日記でした。
ほんの断片。
でも、それでよかったのではないでしょうか。
なにもない人生ではなかった。
けれどどういうことだったか、本当のところや詳しいところは誰もわからない。
そんなふうに、かけらを残されたのが
おふたりにとっても、そして残されたご遺族やファンのわたしたちにとっても
一番いい形でありますように。
そして、本に登場しているすべての人が今は安らかでありますように、と
祈るような気持ちになりながら、再読の本を閉じました。


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