しろまち堂~こちらも本館ですがただいま休館中の旧館です~

旧ブログ名は『ワタシノスキナコドモノ本』、本の紹介や本に関するアレコレを語る、『しろまち堂』のメイン館でしたがただいま休館中のため、こちらは旧館でございます。『しろまち堂』は『本館・新館』のほか、『~音楽・映像館~』、『~写真・旅行館~』『~縁側~』もございます。煩雑ですがあわせてよろしくどうぞです。

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星新一 一〇〇一話をつくった人 (そのに)

昨日に引き続きの記事なので、以下、書誌情報をコピペいたします^^

星新一(上巻)

星新一(上巻)
著者:最相葉月
価格:679円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「ボッコちゃん」「マイ国家」など数多のショートショートを生み出し、今なお愛される星新一。森鴎外の血縁にあたり、大企業の御曹司として生まれた少年はいかなる人生を歩んだのか。星製薬社長となった空白の六年間と封印された負の遺産、昭和の借金王と呼ばれた父との関係、作家の片鱗をみせた青年時代、後の盟友たちとの出会い-知られざる小説家以前の姿を浮かび上がらせる。

星新一(下巻)

星新一(下巻)
著者:最相葉月
価格:720円(税込、送料込)
楽天ブックスで詳細を見る

【内容情報】(「BOOK」データベースより)
「セキストラ」でのデビュー後、ドライでウィットに富んだショートショートは多くの読者を獲得する。膨れ上がる人気の一方で、新しすぎる個性は文壇との間に確執を生んでいた。そして前人未到の作品数を生み出す中、星新一自身にも、マンネリ化への恐怖が襲いかかることに。本人と親交のあった関係者134人への取材と、膨大な遺品からたどる、明かされることのなかった小説家の生涯。

著者:最相葉月
出版社:新潮社

前記事のほか、
最相さんの作品は『ビヨンド・エジソン 12人の博士が見つめる未来』を過去記事で紹介しています。



伝記なので、当然星新一の人生を読んでいくわけなんですが
これがもう、かーなーり!ヘヴィーでした★
著者の最相さんの書きかたなのかな?と思ったりもしましたが
残された遺品や取材で聞いた話などから最相さんが引きだしたものなのでしょうから
やはり相当に重たい人生を送った方だったんでしょうね。

まあ、星新一を読み返すことなく、いきなりこの本に到達する方はあまりいらっしゃらないでしょうから
ショートショートやその他の作品を読みかえし
『昔読んだのと印象が違う作品があるな、こんなだったったっけ?』

ちょっとドキッとして、オトナとして著者に想いを馳せるような方が読むならば
そのギャップに惹きこまれてグイッといっちゃうかもです。

父は巨大な製薬会社のワンマン社長、その長男ということで
お坊ちゃんですねーという印象ですし
星新一の写真というか風貌がまたね、おっとりしているように見えますからね。
彼が2代目になれる人物だったら、順風満帆なかわりに
わたしたちはあの大量のショートショートの恩恵にあずかれなかったわけなんですが。
それにしても、なんというか…すごすぎる★

父の巨大さと方向性の違い、いや、気質の違いかな。
ここに気づかなかったのがそもそもの不幸だったのかもしれませんが
当時の『家』に関する感覚はわたしたちとはかなり違うでしょうから
差し引きしようにもその具合もまたわからないのがちともどかしいです。

そう!当時と書きましたけども。
あのね、星新一って
大正生まれなんですよ、ご存知でした?
わたしは仰天しました。
いや、自分がいいトシで、その自分が中学生のときに既に文庫がスタンダードに版を重ねてる扱いでしたから
年齢がかなり上でしょうとは思ってましたけど、それにしたって…。

ググりましたらですね
三島由紀夫のひとつ下なだけなんですよ!
立原正秋や北杜夫が年下ですよ?
マジか!!

あの文章、文体…
超越してますよねー。。。

と、また、横道にそれましたが
星新一の人生ってば
パパの作った会社を引き継ぐこと叶わず
(ぶっちゃけ当たり前です。
わたしが読んだ父の星一は、印象として山師的なところの強いヒトのようでしたから
後継者に引き継げるような会社でもお仕事でもないと思う…)
仕事として作家を選んだけれど、人気が出たのはショートショート。
どれだけ茨の道になってしまうのか…って感じですね。
なんかねー
徳川家康の『人生は重荷を背負いて、長き道を行くが如し。』ってのを思い出しちゃいましたよ。

あ、ちなみに、わたしの再読の進みがかなり遅かった理由ですが
この星パパと、どうもそりが合わなかったようです。
読み終わって一息ついて気づくんだけど
息子の名前をつけるのに「親は一」って、どうなのよ、そのセンス…。
(作家名は星新一ですが、本名は星親一です)
経済にも政治にも興味ないのでかなり読み飛ばしていると思うんですが
それでもなんだかうーん、ではありました。
なので
星製薬を新一(当時は親一)さんが継いだあたりのくだりはもう★

作家・星新一になっても、とにかく自分の道を切り開くのは相当大変だったと思います。
ショートショートに競合作家が少ないのは、それだけで暮らしていくだけの収入を得るのが大変だったから。
星新一はできたけれど、後進の作家もなかなか育たないような、乱暴に言ってしまえば荒れ地のようなカテゴリ。
そこを耕し、種をまき、実りを得はしたけれど
自分の思惑とは違うところにどんどん進んだような気がしたのでしょうね。

そもそも書くって孤独な作業です。
誰も代わってくれないし、評価を得られるとしても時差があるし
そのときにはもう新しいものを書いているわけで、
なんというか「共有感」がないのですよ。
プロだったら編集の人との共同作業みたいな部分もあるのかもしれませんが
星新一は締め切り前に作品をあげる良い作家だったかわりに、編集者が口出しをするスキもなかったようですから
とにかくずーっとひとりである、ということをひしひしと感じていたのでしょう。

そして本を出し続けているうちに読者層がどんどん下がり
子ども向けのレッテルを貼られてしまう…。

これねー
ホントはね、すごいことなんですよ。
だって、子どもって、基本的に収入はお小遣いでしょ。
金額としては限られてるのね。
でも、その金額の中でも「星新一の本がほしい」って買うわけで。
やっぱり相当に面白くないと、そんなふうに身銭を切らないのよ。
子どもたちがたとえ文庫本でも、自腹を切って購入するだけの力が作品にあって
代替わりしてもそれがずーっとずーっと続いてるわけ。
ずーっとずーっと作品のパワーが衰えてないわけ。
晩年に執拗なまでに「文章が古びないよう」改定作業をし続けていたそうで
その効果もゼッタイあると思うんだけど
当人はそのすごさを自覚できないまま晩年を過ごし、お亡くなりになっちゃったみたいで
とっても物悲しいというか、残念というか。
声が届くなら
「あなたの作品は、あなたが生前にご自分で感じていたよりもずっとずっとずーっと!素晴らしいんですよ!!」
って、お伝えしたいなあ。

世間的な名声はあったけれど、抽象的だったし、
時代や作風などの違いから有名な賞を得られず
ご本人はそのことがとっても残念だったようです。
でも
いまでも書店の棚に本があって
たぶんわたしが半分以下の年の人と話しても
「ボッコちゃん」の話で同じテンションで盛り上がれると思うのね。
そういう作品を残した作家さんって
本当に本当に限られているんです。

作品と時代ってリンクしていて
時代が変わったことを理解しながら、過去のものとして読書し
その古き時代を味わうことを一つの楽しみとする中で
いまだにその時代の束縛から自由で
いつ読んでもいくつ読んでもスルスルと心に入り
フッと消えて忘れてしまうから、何度でも新鮮に再読できる
そんな作品を書いた作家は
軽やかでは全然なくて、いっそ重い人生で。
だからこそ、それを切り捨てた文章だとわかったときに
作品に対しての読者の視点がまた変わるわけで。

苦いけれど、痛いけれど、その複雑な味わいの星新一の人生を教えてくれた最相さんにも
心からの感謝を。

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